お経はサンスクリット語

音読

「南無妙法蓮華経」お題目や「南無阿弥陀仏」、「般若心経」を初め、「経」は梵語(サンスクリット語)です。
一部、蓮の花や、無(0)を「空」、有を「色」として表意文字の部分はありますが、本来、インド地方の言語です。現在、この言語を話す人の人数はかなり減りました。仏教、ヒンズー教経典がこの言語で記されています。
仏教が中国を経由し日本国内に入りました。この時、同時に漢字が伝わったのですが、「経」として伝わったものが、サンスクリット語の音に合わせた文字が漢字で伝わっているので、経に書かれている文字はほぼ無意味です。

「嘆きの壁」に祈りを捧げる宗派、宗教、食前の祈りなど、他の宗教でも見られますが、経典や、それに類似した書物の「黙読」はありません。「音読」されます。それは、冒頭の仏教経典に見られるように、文字に意味があるのではなく、音に意味を持つため、黙読では目的が達成されないからと考えます。
「南無」は「ナム」であり、サンスクリット語では「帰依」を意味する言葉ですから、黙読で心に「南無」と言う漢字をイメージしても経典を読んだことにならないのです。

蓮近年、ヒットした小説に登場する少女作家は、「ディスレクシア」と言う病を持つ少女と設定されています。非常に文字が覚えにくい、若しくは読めない。と言う症状があります。
この小説では日本人少女ですが、統計として、日本人は非常少ないことがわかっています。英語圏の人々に多いのです。
考えられている理由は、言語を記す文字にあるようです。英語に使用される文字はアルファベット26文字で、文字に意味はなく、この文字の組み合わせに意味があることと、日本語の様に文字に意味があることの違いです。

確かに、26文字を覚えるのは短時間で終了しますが、言葉を表記するとき、綴りを覚えなくてはなりません。それよりも、文章を見たとき、アルファベットが並んでいて、イメージとして、内容を理解しにくい言語であることが特徴的です。
対し、日本語は漢字が伝来し、急激に熟語が作られ、ほとんどの単語に漢字が与えられました。
「活用」や、「助詞」にひらがなが残るだけですが、これさえも、「規則」が与えられていることから、「表意文字」的に扱えます。
つまり、アルファベットの羅列を黙読すると、脳内で無意識に「音」をイメージして、意を解さねばなりません。
日本後文章の黙読は必ずしも「音」をイメージする過程を必要としませんから、声による会話と黙読に大きな差が生じないと考えています。

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